ご挨拶

Greeting

Wikipediaによると、生化学とは『生体内および生物に関連する化学的プロセスを研究する学問で構造生物学、酵素学、代謝学の3つの分野に分けられる。20世紀の最後の数十年間で、生化学はこれらの分野を通じて、生命現象を説明することに成功した。生命科学のほとんどの分野は、生化学的な方法論と研究によって解明され、発展してきた。』とあります。まさに生化学無くして近代の生命科学の隆盛無し。しかし近年、生命科学の中での生化学の位置づけは曖昧になりつつあると思います。それは生化学の方法論がごく一般的となり専門家だけの特殊な技術でなくなった、いうことでしょう。一方で生命科学分野にも情報科学が浸透し急速に重要な位置を占めるようになりました。例えば囲碁のAlphaGoが出現した時に、私はAIがタンパク質の一次構造から3次元立体構造を正確に予想するようになるだろうと予言しました。すでにAlphaFoldはかなりの正確さで立体構造を予測できるようになっています。本集会のポスターの一部にもAIが描いた絵が使われています。scRNAseq解析を始め情報科学無くして生命科学は語れなくなりました。さらにオルガノイド技術、iPS技術、イメージング技術などの新技術も加わって今や生命科学は次の次元へと羽ばたこうとしているかのようです。そうなると生化学は古い学問として顧みられなくなるのでしょうか?

私はそうは思いません。生化学は『全ての生命科学の基幹となる学問』という位置づけはかわりません。むしろ今こそ「物質から情報へ」から「情報から物質へ」という原点回帰が求められています。論文を見てもインフォマティクスがもてはやされ、単に記述すればよかった時代は終わり、そこから提示された候補物質を単離し機能を明確に示さなければ高い評価が得られなくなりました。例は枚挙に暇がありません。そこで今回の学術集会のテーマを「生化学の反転攻勢」としました。今こそ生化学が生命科学発展の根幹であることを示しましょう。見せましょう、生化学の底力を。

 今回の集会ではもう一つのサブテーマがあります。「Stay Hungry, Stay Foolish」です。どこかでお聞きになったことがあると思います。この言葉はSteve Jobsによってスタンフォード大学の卒業式のスピーチで締めの言葉として使われました。様々な解釈がなされていますが私は学術に関連しては「現状に満足するな、周囲から白い目で見られても定説を覆す勇気を持て」と言っているように思えます。日本には独特の「同調圧力」文化があります。残念ながら定説を覆す勇気と同調圧力は全く相容れないものです。現在、日本の科学技術の地盤沈下が危機感を持って語られていますが、原因の一つは創造性の芽を摘む同調圧力、横並び主義、事なかれ主義にあると言われています。本学会でもできるだけ多く奇抜で想像性豊かな発表を期待します。

特に若い人たちへの檄としても掲げたいと考えています。野依良治博士は「ノーベル賞につながるような研究には個人の独創性が問われる。画一的でない人材、枠にとらわれない人材を社会がどの程度許容できるかが大事だ」と言われています。しかしそもそもそんな人材はいるのか?コロナ禍で見られた日本の若者の「科学的根拠のない同調圧力への従順さ」は知識人や海外からは異様と捉えられました。いつの世も、若者の現状に対する不満や未来への渇望が時代の変革の原動力となってきました。若者は「Stay Hungry, Stay Foolish」の精神で老害の年長者の言うことなど聞かず、新しいサイエンスの世界を切り開いて欲しい。若い世代の「反転攻勢」を見せてほしい。「近頃の若者は」というのは紀元前エジプト時代から繰り返し出てくる老人の繰言だそうです。バネは重石で抑えないと反発しません。まさに老大会長の役目なのでしょう。

 皆様と2024年秋、新装なったパシフィコ横浜ノースでお会いし、熱い議論を闘わせられることを願っています。

吉村先生写真

第97回日本生化学会大会
会頭 吉村昭彦